• リーダーインタビュー

つくり続けるために、アートとサイエンスの境界を越える——Noah's Ark:古山寧々

人間の目に見えないほど小さな彫刻に、地球上の動物のDNAを封入し、月面に置く。その鑑賞者として想定するのは、数百年後の誰か、あるいは「宇宙人」です。

月面ミクロ彫刻展示会『Noah’s Ark』を手がける古山寧々は、「人間と人間以外の関係」をテーマにバイオアート作品をつくり続けています。幼い頃は、ザリガニやダンゴムシを「飼う」というより、ただ近くに置いて一緒に暮らしていたという古山。その感覚の延長線上に、「人間の尺度を外してみたい」という欲求があると言います。

作品は、誰かに見せるためだけではない。つくることで、自分の輪郭が更新されていく。そして、つくり続けるために彼女は、理学の博士課程へ進む道を選びました。

ダンゴムシの気持ちを知りたい

――古山さんは昨年100BANCHに入居し、7月にはナナナナ祭にも出展しましたよね。最近はどんな日々を送られていますか?

古山:ちょうど受験が終わったところで、今は少しホッとしています。4月から、理学の博士課程に進学することが決まりました。私の場合、大学と大学院は多摩美術大学で学び、ずっとアートの世界にいました。大学院卒業後は、合成生物学の大学研究室に研究員として在籍しながら、そこで作品を制作してきました。経歴としては少し変わっていると思いますし、美大にいた時間が長いので、理学の博士課程に進むといっても、学部レベルの基礎知識もこれから必死に追いつかないといけなくて……4月からは大変な日々が待っていそうです(笑)。

美大、理系大学、と場所は横断していますが、学部の頃から一貫して「人間と人間以外の関係」をテーマにしていて。動物、あるいは宇宙人のような、人間ではない存在の視点を想像することが、制作の軸になっています。

――「人間以外」という視点は、いつ頃から意識されていたのでしょうか。

古山:多分、かなり小さい頃からだと思います。ダンゴムシの気持ちが気になっていたんですよね。岐阜の自然が多い地域で育ったので、ザリガニとかタニシ、鳥、アリなど、いろんな生き物が身近にいました。生き物を「飼う」というより、ただ近くにいて、一緒にいるような感覚で。ダンゴムシを触ったとき、「あっち(ダンゴムシ側)はどう感じているんだろう」とか。丸まったとき「どんな視界なんだろう」とか。自分とは違う身体を持っている存在の感覚を、想像してみたくなるんです。

――それは「かわいい」とか「不思議」というよりも。

古山:うーん、もう少し、自分の視点を一回外してみたい、という感覚かもしれないです。自分の当たり前が当たり前じゃなくなる瞬間が、面白いというか。一緒にいた生き物が死んでしまったとき、「じゃあ、私はなんで生まれてきたんだろう」と考えたりもしていました。 私がここにいるのもすごく不思議なことだな、と思っていて。 まだ見たことのない生命のことも、ずっと気になっていて。そんなことを一人で考えている子どもだったので、母に「宇宙人みたいだね」と言われたことがあるんです(笑)。

宇宙に生命が生まれたこと自体も、不思議だと思っています。地球に限らず、自分以外の生命の存在に惹かれてきました。それがNoah’s Arkをはじめ、自分が今、このような道を歩んでいる一番のきっかけです。

 

理科か美術か。どっちか選べと言われたまま大人になった

――「宇宙」というキーワードが出てきましたが、宇宙飛行士になりたいと思ったことはありますか?

古山:宇宙には行ってみたいと思っています。でも宇宙飛行士という職業そのものよりも、無人探査機が遠くの惑星まで行って、その土地の土を採取してくるとか、生命の痕跡があったかもしれない場所を調べるとか、そういう話の方が好きでした。 自分が宇宙に行く体験というより、「生命はどうやって生まれたのか」とか「痕跡を見つけたい」という方に興味があって。大学で生命探査や生命の起源研究系に進むのもいいな、と思ったこともありました。

――結果としては美大に進み、これから理学の博士課程へ。振り返るとまっすぐな道ではなかったようにも見えます。

古山:実は中学生のときに、一度はっきり「選ぶ」瞬間があったんです。美術も理科も好きで、どちらも同じくらい興味がありました。虫と一緒に遊ぶのも好きだったし、泥をこねたり、幼稚園の備品を勝手に改造したりするのも大好きで(笑)。トイレットペーパーの芯や牛乳パックを一人で勝手に使い込んで、黙々と工作しているような子どもでした。

左:2歳の頃スライムで母と遊ぶ様子。右:8歳の頃つくった月下美人の版画作品。

古山:でも中学校の進路相談で、先生から「理系か美術か、いま決めないと後悔するよ」と言われて。当時の私は、その言葉がすごく怖かった。どちらもやりたいのに、「絶対、どっちか選ばなきゃいけないんだ」と思ってしまったんです。今思えば、「この先、本当に自分は絵を描いたり作品をつくり続けられるのか?」と少しビビっていたのかもしれません。それで高校では理系を選択して、部活は美術部、という生活を送っていたのですが、美術の進路のことはずっと気になっていました。どこかで「本当にこれでよかったのかな」という感覚があって。当時は、「両方やる」という発想があまりなかったんですよね。選ばなきゃいけないものだと思っていました。

――その「理科か美術か、どっちか」という前提が揺らいだのは、いつ頃だったのでしょう。

古山:大学に入ったときです。高校でも最後まで進路に迷っていて、「これだけ迷うなら、一度美術の道に進んでみよう」と思いました。そしたら偶然、センター試験の理系科目で受験できる美術大学を見つけて、入学できたのが多摩美術大学でした。そこで出会った先生が、工学を学んだあとに美術大学に来ていた方で、宇宙に彫刻を飛ばすようなプロジェクトをされていたんです。それでもう、びっくりして。「あ、両方やっていいんだ」と気づきました。今振り返ると、中学生のときの「どっちか選べ」という言葉が、ずっと心のどこかに残っていて。でもそのあとで、「選ばなくてもいい」という人に出会えたことが、大きかったんだと思います。だからこそ、今も分野を横断しているのかもしれません。自分の中では「融合」というより、元々分かれていなかった感覚に近いんですけど。

それから、大学・大学院時代は「メディアアート」と呼ばれる、アートと異分野を横断するような作品を制作してきました。100BANCHで取り組んだNoah’s Arkもそのうちの一つで、大学院の修了制作作品にもなっています。

 

異分野の融合が教えてくれた、ひとりでは届かない場所

古山の作品「Noah’s Ark」。地球上の動物たちの彫刻をミクロサイズで制作し、それぞれの動物のDNAを彫刻に封入。これらをノアの方舟を模した小さな容器に収め、月面へ届ける計画です。

――Noah’s Arkでは、宇宙や未来を想定していますよね。どうしてそこまで遠い時間や存在を想像するのでしょうか。

古山:うーん……多分、自分の尺度だけで物事を見続けるのが、ちょっと怖いんだと思います。自分が生きているこの時間とか、この社会とか、それが全部だと思ってしまうと、すごく閉じた世界になる気がしていて。人間のためのもの、人間が見るためのもの、人間が評価するもの。それだけで完結してしまうと、なんだか窮屈で。だから、人間がいなくなったあとを想像してみるとか、宇宙人を鑑賞者に設定してみるとか、そうやって一度、人間中心の枠組みを外してみたいんです。……ダンゴムシの延長ですね(笑)。でも実際に作品にしようとすると、理屈だけではできないんですよね。DNAを扱うなら、本当にその知識が必要になるし、設備もいる。だから研究室に行って、「作品をつくらせてください!」とお願いして。

――それまでは一人で黙々と制作をされていたのに、急に他の方の存在が登場しましたね。

古山:そうなんです。DNAや宇宙を扱おうとすると、どうしても専門の方の力が必要になります。コンセプトがあるだけでは実現できなくて、実際の知識や設備がないと形にならない。自分の作品では、人間同士の関わりを少し外側から見ようとしているのに、いざ制作となると、ものすごく人に頼らなければならない。

違う領域の人と話すと、分かり合えない部分もたくさんあります。でもその違いの中で、「あ、こういうところが素敵だな」と気づく瞬間があったり、全然違う分野なのに、驚くほど似ている感覚を見つけたりもして。異分野の人と関わることで、自分の前提が少しずつ揺さぶられていく。その感覚が、面白いんだと思います。

――Noah’s Arkで100BANCHに応募したのも、人との関わりを求めてだったのでしょうか。

古山:はい。このプロジェクトは、自分ひとりでは絶対に完結しないと思っていました。仮に作品ができたとしても、「それをどうやって宇宙に送るの?」という話になるので。

修了制作ではNoah’s Arkとは別に、《人魚の肉》という作品も制作していました。細胞培養によって「人魚の肉」を具現化する作品です。培養の技術は自分では扱えないので、バイオ系の方々の集まりを探してshojinmeatという培養肉サークルに参加してみたのですが、そこで出会ったのが、100BANCHプロジェクト「A cultured energy drink」の田所さんたちでした。「こういうことをやりたい」と話したら、とても面白がってくださって。その流れで、DESIGNART TOKYO 2024では一緒に作品を展示することになりました。

細胞培養技術で再現した人魚の肉

古山:その後、改めてNoah’s Arkとして100BANCHに応募して、採択されました。大学、大学院と周囲はアーティストが多い環境でしたが、100BANCHには起業家やエンジニアの方など、いろんなジャンルの人がいます。「それってどうやって続けるの?」とか、「どう実装するの?」とか、これまであまり向き合ってこなかった視点を投げかけられることもありました。少し痛い問いでもあったけれど、アーティストばかりの環境ではなかなか出てこない問いで(笑)。その問いがあったからこそ、プロジェクトの輪郭がはっきりしてきた気がします。

――人間を外側から見ようとしてはじまった制作が、結果的に人との関わりを広げていったのですね。

古山:人間中心の枠を外したいと思っていたはずなのに、気づいたら人に助けられてばかりで。でもその矛盾も含めて、今の自分の制作なんだと思います。

Noah’s Arkの作品自体は、少しずつ進んでいる状態です。DNAが含まれた動物の彫刻も、コンセプト映像作品も完成していて、あとは宇宙に送るためにノアの方舟を紫外線に耐えられる仕様にしようと、これからもう少し試行錯誤する予定です。そして、実際に宇宙に送りたいと考えています。もちろん、実際にはそんなに簡単ではなくて。宇宙に飛ばすために、いくつか交渉もしましたが、すぐには難しそうです。特にお金の問題が大きくて。でも、不思議と焦りはあまりありません。これまでを振り返ると、必要なときに、必要な人と出会ってきました。研究室もそうですし、田所さんをはじめ、100BANCHのバイオ系メンバーとの出会いもそう。だから、「その時が来たら行ける」と思っています。

 

つくり続けられる場所を選ぶ

――これからどんな実験をしようと思っていますか?

古山:今は、Noah’s Arkと同じくDNAを使った作品の展示を準備しています。最近は、人間の誕生についてを考えていて。「生命の誕生」というテーマはずっと自分の中にありますが、その中でも「個として生まれる」ということに強く惹かれています。自分が生まれたとき、周りの人はどう感じていたのかとか、誕生の瞬間にどんな関係があったのかとか。いろんな人の話を聞きながら、自分自身についても考えています。そこで、人が生まれたという出来事を、人間以外に演じてもらいたいと思ったんです。

現在作品素材として使っているDNA液滴は、肉眼では見えないほど小さな人工物です。DNA液滴の研究を行っている東京科学大学の瀧ノ上研究室では最近、光制御により泳ぐ液滴を論文として発表しました。その動きがとても面白いと感じ、私は研究室を訪れました。「DNAが演劇をする作品をつくりたい」と話すと驚かれ、困惑されながらも受け入れていただきました(笑)。現在も、研究室の助教授や学生の皆さんにも様々なことを教えていただきながら、作品制作を進めています。

――DNAに演劇をさせてみる。ものすごいパワーワードです。

古山:そういうコンセプトを考えているときが一番楽しいです。作品をつくっていると、自分のことが少しずつわかってくる感覚があります。毎回、更新されていくというか。その時の自分が何を考えていたのかの記録にもなっている。つくり続けることで、自分の輪郭が少しずつ見えてきているのかもしれません。

ただ、これまで美術側から制作してきましたが、理学の知識がなければつくれないものがあると感じるようになりました。バイオアートは領域横断ですが、自分はずっと美術側にいました。だからこそ、理学側からの視点もきちんと身につけたいと思ったんです。それで、理学博士課程に進むことを決めました。……正直、かなり迷いました。理学の基礎も十分ではないですし、周りはずっと理系で研究してきた人たちばかりです。自分がそこに入っていくことへの不安はあります。でも、今やっている制作を本気で続けようと思ったときに、避けて通れない場所だと思ったんです。DNAを扱うなら、ちゃんと理解したい。宇宙を語るなら、ちゃんと勉強したい。「アートだから」で済ませたくない。作品をつくり続けるために、必要な環境を自分で選び直している感覚です。

――アーティストとしての新たなあり方でもありますね。そして、100年後、1000年後という時間を想像する制作を続けていく。

古山:ただ、「ここに生命がいた」という痕跡が、どこかに残っていてほしいと思っています。人間は滅んでいるかもしれないし、宇宙人が見つけるかもしれないし、誰にも見つからないかもしれない。

遠い他者を想像することで、いま隣にいる他者のことも少しだけ違って見える。そう思っています。

 

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