ものづくりをしてみたい人の初めの半歩に、そのきっかけとなる場づくりをしたい

TUTTI INDUSTRIES
ものづくりをしてみたい人の初めの半歩に、そのきっかけとなる場づくりをしたい
ものづくりって、どこかワクワクする響き。けれど実際にやろうとすると、レーザーカッターや3Dプリンター、CADソフト、工具、それらを使いこなす知識……。必要なツールも作業スペースも、簡単には手に入りません。実は、私たちの身近に「ものづくりができる環境」はそれほど多くないのではないか──。
そう語るのは、「TUTTI INDUSTRIES」プロジェクトリーダーを務める、土谷恒樹。土谷は大手メーカーでエンジニアとして働きながら、プロジェクトを通じて子どもたちに電子工作を教えています。幼い頃からレゴや工作に親しんでいたものの「電子工作に触れる機会がなかった」と振り返る彼は、「もっと身近にものづくりができる環境がほしい」という想いから「ものづくりをもっと当たり前にする」プロジェクトを立ち上げました。
ものづくりが、今よりもっと当たり前になった未来には何があるのか。そもそも、「ものづくりの本質」とは何なのか──。彼のこれまでを振り返りながら、その言葉からものづくりの可能性に迫ります。
――土谷さん自身は、小さい頃からものづくりに興味があったのですか?
土谷:幼い頃から、おもちゃを分解して、仕組みを探るのが大好きでした。もとに戻せなくなって、母にはよく怒られていましたが(笑)。ゼンマイじかけの車を分解して、ゼンマイだけを取り出して方眼紙と組み合わせて、「歩く貯金箱」をつくったこともありました。
「将来はものづくりがしたいな」となんとなく思うようになったのも、その頃です。小学3年生の頃、テレビ番組で高校生が一輪のEVバイクを開発している特集を見て、衝撃を受けたんです。一輪バイクが走行していると、車輪が前後に分かれて二輪に変形するんですよ。「えっ、どうやってバランス取ってるの?」「高校生がこんなとんでもないバイクを開発するなんて、どういうこと!?」って。
――でも当時はすぐに電子工作に取り組むようになったわけではなかったんですよね?
土谷:中学から大学の途中までテニス少年になっていました(笑)。大学では理工学部の情報メカトロニクスという研究室に進んで、電子工作を本格的にはじめたのはそれからです。「メカトロニクス」というのはつまり、メカニクス(機械)とエレクトロニクス(電気)、ソフトウェア(制御)を統合した学術分野で、モビリティやロボットについて研究することを目的としていました。
ただ、カリキュラムで電子工作が詳しく学べるわけじゃなかったんですよ。大学にロボットサークルはなかったし、周りに電子工作をしている人もいなかったので、自分である程度独学するしかありませんでした。ネットで調べながら部品を集めて、ドローンやロボットアームを自作して。「説明通りに組み立てたのに、全然ドローンが飛ばない!」なんてこともありましたね。
土谷が当時独学でつくった作品たち。
――電子工作を独学で学ぶのは大変そうですね。
土谷:大学院生活はコロナ禍真っ只中でもあったので、結構孤独でしたね。でもYouTubeのチャンネルをつくって、自分の作品を投稿していました。そうするとコメントで「もっとこうしたほうがいい」とアドバイスをもらえるので、とても参考になりました。ちょっと“炎上”したこともあるんですけど……。
――炎上、ですか。
土谷:ネットの情報を頼りに通販で部品を集めて製作していたのですが、国内未認可のパーツだったようで。「安全性に問題がある」「何かあったらどうするんだ」といった指摘をされてしまいました。当時、参加していたFacebookのコミュニティのメンバーには専門家や電子工作の先輩方からアドバイスをいただきました。当初は「自分のアイデア」を発信したいという思いだけでしたが、正しい知識を身につけないと人には届けられない……と、ものづくりに対する基本的な姿勢を教わった気がします。
土谷:そうやって少しずつものづくり系のコミュニティやイベントに参加するようになりました。そこで聞いた話では、部活や高専でロボコンに参加していた人や、幼い頃から電子工作教室に通っていた人ばかりで、私のように独学でゼロから電子工作をはじめた人はほとんどいなかったんです。それでますます「もっと早く電子工作に出会えていれば……」という悔しさが強まり、同じ思いを次世代の子どもたちには味わわせたくないと考えるようになりました。
――その思いが「TUTTI INDUSTRIES」につながったんですね。ご自身でプロジェクトをやろうと考えたきっかけは何だったのですか。
土谷:プロダクトデザイナーの高橋良爾(りょうじ)さんの展示会へ行ったのがきっかけでした。「DEW」という線香花火みたいな照明や「RINGO PAY」という指輪型の決済端末などユニークなものづくりを手がけていらっしゃって、100BANCHを拠点に活動されていることを知りました。すごく面白そうな場だなと思って。
それで、自分自身も何かやってみようと思い立ったのですが、いざ応募するとなると、自分が何をしたいのか改めて考える機会になりました。以前から新しいことにチャレンジしていて、「耳にかけないマスク」を開発して、1000万円を超える資金を集めたこともあります。しかしより技術力を高めるため、大学院卒業後はメーカーへ就職しました。その後もオーダーメイド印鑑「速筆ハンコ」の開発など、いろんな挑戦をしました。とはいえ振り返ると自分発信というよりも、友だちに頼まれたり流れに乗ったりしたプロジェクトが多かったと気づいたのです。
――そうやって様々なプロジェクトに参加されながらも、改めて自分自身でやりたいと思ったことは何だったのですか。
土谷:やっぱり、「ものづくりをもっと当たり前にしたい」と思いました。自分のように、ものづくりに興味のある子が一歩踏み出して、自分のアイデアを形にしたり、ものづくりの楽しさを実感したりできるような場がもっと身近にあれば良いんじゃないか、と。それで、まずは小学校高学年くらいの子ども向けにワークショップをしようと考えました。
はじめは「カフェでロボットをつくり、実際にカウンターに置いて接客する」ことを目指していたのですが、そこまでのロボットにするのは難しかったので、カフェでワークショップを実施することにしました。普段ものづくりに馴染みがない方でも、カフェという場所なら足を運んでもらいやすいのではないかと考えたんです。ワークショップとしては、グループで分担して、一つのロボットを完成させる形にしました。ひとりで一つのパーツをつくってもらい、それらを組み合わせると40cmくらいのロボットが1時間ほどでできあがります。
――ひとりで一つのロボットをつくるわけではないんですね。
土谷:誰が見ても「すごい」と思えるような、大きなロボットをつくってもらいたかったんです。ひとりで小さなロボットをつくるのもそれなりに達成感があるかもしれませんが、みんなで一緒にものづくりすることに意味があるんですよ。
私自身、ものづくりをひとりではじめましたが、だんだん限界が出てきて、ソフトウェアのプログラミングができる友人などに助けてもらうようになりました。今回のプロジェクトでも、私自身は企画やワークショップの講師を担当し、ソフトウェアやマーケティング、広報など自分の不得意な分野は他のメンバーにお願いしています。ワークショップでもそのように、みんなで力を合わせることで達成できるゴールを設定できればいいなと思いました。
参加者には「ものづくり大好き」という子もいれば、「興味はあるけどやったことはない」という子もいたのですが、自然とコミュニケーションがはじまるんですよ。初対面の子ばかりでしたが、なかなか作業がうまくいかない子に「こうすると良いよ」と他の子が教えてくれたり、普段は「コミュニケーションを取るのが苦手」という子が意外と積極的に話しかけてくれたりして。「ものづくりはひとりで完結するものではない」と、改めて学ばせてもらう機会になりました。
――「みんなで一つのロボットをつくる」からこそ生まれる体験かもしれません。
土谷:そうですね。子どもたちが目を輝かせるポイントにも気づきました。何かアクシデントが起こると、みんな大興奮するんです。腕が「ボロン」と落ちたり、ケーブルの接触不良などでロボットが暴走したりすると「わーっ!」ってテンションが上がって。わざと失敗するように設計していたわけではありませんが、完璧な体験をつくり込むより、不完全なもののほうが子どもたちの心に響くんだなと感じました。
――ものづくりでも大切なことですよね。失敗から何を学んで、何につなげるのか。
土谷:そういった意味では、なるべく試行錯誤してもらえるような体験設計は意識していました。一般的には説明書通りに組み立て、完成物を持ち帰ると思うのですが、あえて説明書は用意しませんでした。つくり方を口頭で説明して、まずやってもらうのですが、ネジを締める順番を間違えるとちゃんと組み上がらないようになっているんです。自分で「ここが違う」と気づいて、もう一度やり直してもらう。そういう「自分で気づいて改善する」体験を大切にしています。
ケーブルをあえてむき出しにしているのも、基本的な構造に気づいてもらいたいという意図があります。電子工作の設計図で見るのと、実物で見るのとではまったく違います。「なんでケーブルが3本あるの?」「LEDはどれくらい光るの?」と、実際に体感することで疑問や自分なりの気づきを持ってもらいたいんです。
――ワークショップを運営するという観点では、難易度が高そうですね。
土谷:そうですね、「説明書通りにやればいい」というわけではないので(笑)。参加者によって電子工作に関する知識も異なりますし、難易度調整も難しい。「簡単すぎてすぐできちゃった」でも「難しすぎて全然できない」でもない、「面白くてやりがいもある」絶妙なバランスを探るのが難しいですね。
――GARAGE Programでの3ヶ月間を経て、土谷さん自身が得られた経験や気づきは何ですか。
土谷:100BANCHでは、純粋な興味からまっすぐプロジェクトに取り組んでいる方が多い印象があって、とても刺激を受けました。自分を信じ抜く強さがあるというか。その影響もあり、自分がやりたいことをそのまま形にしてみようという気持ちになりました。
土谷:また、私としてはワークショップで子どもたちに「教える」ことにやりがいを感じて、TUTTI INDUSTRIESは教育的なプロジェクトだと考えていたのですが、こんなことを言われたんですよ。「教育というより、カルチャーをつくっているよね」と。自分でも意識していませんでしたが、「ものづくりをもっと当たり前にしたい」というのは、まさにカルチャーを醸成することなんだ、と言語化してもらった気がしました。
――土谷さんにとって、ものづくりはどんな意義があるのでしょう?
土谷:自分の頭の中にあるアイデアをアウトプットする。具現化して世の中へ送り出す……それが実現すると面白いんですよ。自分の中にあるイメージが、そのまま現実世界になる。それがものづくりの醍醐味だと感じます。他の人にもそれを実感してほしいです。
――土谷さんはどんなときにその面白さを実感してきましたか?
土谷:本格的にものづくりをはじめてから、ずっとですね。YouTubeで「電気で動くロータリーエンジンの模型」をつくったら、「買いたいからキットにして!」とコメントをもらったり、「耳にかけないマスク」のときも、障害のある方や補聴器をつけている方から「すごくありがたい」「毎日着けてます」と応援メッセージをいただいたり、すごく励みになって。
土谷が開発した「耳にかけないマスク」のクラウドファンディングページ。
土谷:障害のある方向けにマスクをつくったわけではなかったので、思いがけなかったです。自分が考えていることと実際にユーザーの方が感じる価値が違うこともあるんだな、と。現実の世界にアウトプットすることで、はじめてわかることがたくさんあるんですよね。
――ものづくりの本質ってそういうところにあるのかもしれませんね。まずはアイデアを形にしてみて、実際に試してフィードバックをもらって、改善を重ねていく。会社ではなかなかその第一歩目の決裁が下りないこともあるのでしょうけど。
土谷:私も会社員なのでよくわかります(笑)。ただ、資金やトライエラーが必要になるものづくりに自ら取り組むには、今の世の中って両極端だなとも感じています。資金調達してスピード感を持って広げるスタートアップ的な選択肢か、安定した給与を原資に少しずつ進めていく選択肢。スタートアップでも会社員でもない、新たな選択肢ももっとたくさんあっても良いのではないかと思いながら、自分なりに模索しています。
――スピード感や成長性はスタートアップならではの側面があるでしょうし、資本力や信頼性、社会に対する影響力はやはり大企業にかなわないところもあります。それこそ、文化を醸成するには中長期的な視点が重要ですよね。
土谷:実際、私自身もプロジェクトで得たスキルが本業に役立ったり、逆に本業で培ったものがプロジェクトで発揮できたりすることもあります。電子設計など技術を学ぶことはどちらにも役立ちますし、積極的に時間を取るようにしています。本業との両立は簡単ではありませんが、ちょうど良いバランスを試行錯誤することが、何か未来につながればいいなって。「ものづくりをもっと当たり前にする」というビジョンを突き詰めていくと、自分が実現したいのはつまり、「ものづくりを民主化していく」ことなんだな、と。
――「ものづくりの民主化」とは?
土谷:ものづくりにまつわる「社会インフラ」を構築することで、誰でも自分のアイデアを形にできる世の中にしたいんです。アイデアの種って、誰でも持っていると思うんですよ。でも身近にものづくりができる環境がなかったり、そもそもものづくりができる人がいなかったりして、潰されている種がたくさんある。その種がきちんと育まれるような環境を整備して、現実世界に出てくれば、イノベーションの加速につながるのではないかと考えています。
そのための布石として、最近「TUTTI Makers Guild」というDiscordのコミュニティをはじめました。ものづくりができる人と、アイデアがある人とのマッチングができれば良いなと考えています。オンライン上でアイデアを募って、つくりたい人が手を挙げてプロジェクト化して、月1回程度つくったものを発表し合うようなイベントを開催していくつもりです。
――ものづくりする技術がなくても、アイデアさえあれば形にできる可能性が広がるということですね。
土谷:企業同士だと守秘義務的な観点から、なかなか情報共有するのは難しいかもしれませんが、本来、ものづくりにまつわる情報や知見を共有することで思いがけない発見が生まれ、新しいものが生まれると思います。
今はワークショップを中心に活動していますが、たとえば地域の学校と町工場を連携したり、ロボコンよりももっと気軽に参加できるようなイベントを主催したりして、ゆくゆくはもっとものづくりに関わることができる機会を増やしていきたいんです。自分で自由に発想して、身近な人に教わりながらものづくりをして、できあがったものをみんなで楽しむ……そんなループをぐるぐる回して、幼い頃からものづくりの楽しさを実感できて、誰でもアイデアを形にできる社会を実現したいです。
(取材・執筆:大矢幸世)