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ArsElectronica 2019 体験レポート 既成概念という名のBOXから抜け出るためのアート

世界最高峰と称されるメディアアートの祭典アルスエレクトロニカ・フェスティバル。1979年のスタート当初からアート、テクノロジー、ソサエティーという先見性に富んだステートメントを掲げ、開催都市であるオーストリアのリンツ市が一体となってエコシステムを築きあげてきた。

アルスエレクトロニカをひとつのベンチマークとしてウォッチしてきた100BANCHは、事務局メンバーが毎年視察に行っている。40周年となる今年は、「Out of the Box -デジタル革命の中年の危機-」をテーマに2019年9月5日〜9月9日の期間で開催。メディアアートに携わる人だけでなく、未来をつくる上でヒントが詰まっていた2019のフェスティバルを100BANCH事務局の越本がレポートする。

訪れた人たちを惹き込む没入空間

アルスエレクトロニカ・フェスティバル最大の特徴は何と言っても会場だと思う。

今年のフェスティバルは16ヶ所の拠点で、501の展示と548のイベントが行われ、45ヶ国から1,449のアーティストと科学者を招聘し、来場者数は11万人にものぼった。

16ヶ所の拠点はいづれも巨大でユニークな建築物で構成されている。屋内でも開放感のある広さと、迷路のように各部屋を巡っていく体験がアートの深い世界へ誘う。これは展示会場のためにつくられる、だだっ広い空間をコマ割りするような展示では決して成し得ない。

最大の空間であり展示数が最も多いメイン会場はPOSTCITY。郵便局配送センターとして使用されていた壮大な産業建築は、没入感をつくりだす空間の特徴ともいえる。地下深くへと広がる会場は、暗く怪しげな空間の中に作品が点々と配置され、フロアを降りるほどディープな世界に飲み込まれるような非常に特別な雰囲気を醸し出している。

今年の一大プログラムであるAI×MUSIC FESTIVALは、「人工知能と音楽が出会ったらどんなアートが生まれるのか」という問いを模索している様々なプロジェクトを体感できるイベント。メインコンテンツが行われたSt. Florian Monestryはオーストリア北部最大の修道院で、礼拝堂や地下室が会場となった。彫刻や絵画、家具などを含めた様々な芸術によって空間を構成しているバロック建築が、演奏と映像をより引き立たせていた。

Kaoru Tashiro at the AIxMusic Festival Evening Concert / Credit: vog.photo

このフェスティバル期間以外にも通年、教育施設として市民と交流しているのがArs Electronica Center

今年の5月にリニューアルされたセンターはぬくもりのある木材をふんだんに使用し、無機質になりがちなサイエンス・テクノロジーの空気感を優しく包み込んでいる。

キッズリサーチラボと名付けられたエリアは、いかにも子ども向けという雰囲気はまったくなく、大人でも夢中になって触ってしまった。ロボットを動かしたり、キャラクターを描いたりするために自然とプログラミングやエンジニアリングを操作するような仕掛けがあり、幼少期からこういったものに触れながら成長していくことが教育水準を上げる取り組みなんだと感じた。

Opening of the new Ars Electronica Center 2019

 

既成概念から抜け出すにはアートが大きな役割を果たす

今年のフェスティバルのテーマは「Out of the Box -デジタル革命の中年の危機- 」。人間らしくあるためには、既成概念である”Box”から抜け出すべきだ、と訴えている。”Box”には企業や組織、国家、そして自分自身など様々なものを置き換えて考えることができる。

アルスエレクトロニカ・ジャパンのディレクターであり、アーティスト・キュレーター・リサーチャーとして活躍する小川秀明さんは、「デザインは”Box”の外見、中の装飾や使い心地や形を整える点で有効だが、すでに出来上がった”Box”から抜け出すにはアートが大きな役割を果たす」と語っていた。

POSTCITYでは、身体や人間性といった既成概念をもう一度本質的に批評し、より良い社会をつくっていく「Human Limitations-Limited Humanity」というテーマを設定したエリアもあったった。そこでは人間として当たり前のように思っている性別や血縁をも乗り越えるような問題提起があった。

In Posse / Charlotte Jarvis (UK)

女性の血液などから世界初の「女性」精液をつくりだし、同性生殖や単為生殖について探求するプロジェクト。

I’am / Luís Graça (PT), Marta de Menezes (PT)

芸術家と科学者のパートナーが皮膚移植し、自分の体である免疫細胞を互いに交換することで、人々の共存や人間のアイデンティティの限界を探るインスタレーション。

Ars Electronica Centerではリニューアルに際し「ブラックボックスの中身を見せる」ということが意識されている。特にAIについては、「わからないから怖い、危険」といった先入観に縛られる前に、まずは基本的な技術とその応用の具体例を理解するための展示を用意することで、未知を楽しむ設計がなされている。高度なテクノロジーでも一般市民にも興味を持たせ、誰もが触れられ体験できるようにする取り組みがアルスエレクトロニカの真骨頂だ。

Neural Network Training  / Ars Electronica Futurelab (AT)

カメラの前に置かれた物を認識し、人工知能がどのように分析するかを段階ごとに見せ、どういった候補の中から決定されているかというプロセスを可視化している。

 

アートドリブンで創造する未来の社会

アルスエレクトロニカは、サイエンスやデジタルテクノロジーとアートを結びつけ、社会革新の視点を持つフェスティバルとして発展してきた。今回の展示作品の中には、テーマやキーワードから100BANCHのプロジェクトを連想させるものが多くあった。その共通点はどちらも仮説として様々なプロジェクトが「問い」を投げかけ、新しい対話を生み出すしていることだと思う。

Triaina: Model A / TOHOKUSHINSHA FILM CORPORATION x AnotherFarm (JP)

コンクリートとα-アミノ酸から作られた材料を使用することで、水中で微細藻類と海洋植物の成長が促進する。人工のフォームを自然と統合する持続可能なエコシステム。

Tiger Penis Project  / Kuang-Yi Ku (TW)

伝統的な漢方薬の新しい解釈を通し、バイオテクノロジーを使用した西洋と中国のハイブリッド医学で、人間社会と自然環境の共存の可能性を高めるプロジェクト。

Deep Data Prototypes 1, 2 + 3  / Andy Gracie (UK)

宇宙探査機と観測所からのデータを使用して、現在宇宙生物学および宇宙ベースの生物科学で使用されている生物の実験のために、太陽系惑星環境の要素を再作成する。

Speculative Artificial Intelligence / Birk Schmithüsen (DE)

視聴覚翻訳を通じて人間が知覚できる人工ニューラルネットワークのプロセスを作成するために設計された一連の美的実験

Microbial Keywording / Klaus Spiess (AT), Lucie Strecker (DE)

唾液酸の音声による変化を通して訪問者の音素と口内細菌叢の相互関係を示し、エコ言語システムを生む

 

アーティストの問いかけを翻訳するストーリーテラーたち

体験プログラムのひとつにガイドスタッフが様々な展示や作品に紹介するツアー、WE GUIDE YOUが用意されている。館内のイチオシ作品を案内してくれるスポットライトツアーの他、専門家によるエキスパートツアー、作品のアーティストが解説してくれるアーティストウォーク、「Human Limitations」というテーマで巡るツアー、手話ツアーなどバラエティも豊富。なかでも、キッズツアーは現地の参加者が多く、土曜昼過ぎのドイツ語の回では22人もの子どもたちが参加していた。

ツアー以外にも地元市民が積極的に楽しんでいる様子が随所に見られた。こういった丁寧な翻訳者たちがいるからこそ、前衛的なテーマに対してもハードルを感じさせず近づきやすい空気感を生み出しているのだろう。

目の前で案内をしていたセンターのスタッフが着ていたユニフォームを見て、つい話しかけてしまった。100BANCHオーガナイザー則武が、たまたま防寒用に100BANCHのユニフォーム(野良着)を持ってきていたこともあり、お互いの仕様について話が盛り上がった。

 

参加者を巻き込むパフォーマンス・日本人アーティストの活躍

メディアアーティスト・市原えつこさんのNAMAHAGE in Tokyoは、伝統的な神々や民間伝承の神話の機能を再解釈し、それらを現代の都市に実装する試み。今回は彼女自身がナマハゲに変身してリアルナマハゲ回遊パフォーマンスを行っていた。

異質なものが近づいてきて煽ってくるとついみんな笑顔になってしまうので、アンダーグラウンドな展示と向き合い眉間にシワを寄せていた人も和む瞬間を垣間見ることができた。

次回作のテーマ「仮想通貨奉納祭」というプロジェクトで最近100BANCHに入居したのでこちらのプロジェクトの活動にも期待したい。

NAMAHAGE in Tokyo / Etsuko Ichihara (JP), ISID OPEN INNOVATION LAB. (JP) Credit: vog.photo

昨年の100BANCHの周年祭、 ナナナナ祭でのイベントにも出演した、和田永さん率いるエレクトロニコス・ファンタスティコス!は、フェスティバル初日の夜を最も盛り上げたパフォーマンスのひとつだった。ステージで一緒に演奏する仲間を募集してしまうという大胆さもありつつ、楽器を使いこなす現地の芸大生をスカウトできたことは和田さんの引きの強さだろう。

アルス公式YoutubeのDAY1ハイライトでもライブ風景が大きく取り上げられている。

Ars Electronica Festival – Day 1

 

アルスエレクトロニカの活動そのものが文化のインフラとなる

1979年に行政と市民が中心となりアルスエレクトロニカが始まってから40年。

今年はこれまでの軌跡の展示や、歴史を紐解く書籍「Creating the Future」も制作された。

アルスエレクトロニカは未来志向の街づくりとしても注目されている。

リンツ市では、未来への教育や文化の場所を提供する「文化インフラ」機関としてアルスエレクトロニカが水道や電気と同じように市民のために必要なものとされている。世界中から人を集めるフェスティバルをはじめとした教育施設、研究機関などの要素がそろった公的な組織は世界のなかでも類がない。

100BANCHは松下幸之助の水道哲学にインスパイアされ「蛇口をひねると文化が出てくる」ような状態を目指し、若者たちと100年先を豊かにする未来を創造することをミッションとしている。アルスエレクトロニカでは『「蛇口をひねると未来が出てくる」ような公共サービスを提供する』というビジョンを掲げている。アルスエレクトロニカのように街や世界を巻き込みながら100BANCHも進化していきたい。

カンファレンスでは40年前にこのフェスティバルを始めた創始者2人と、すでに三代目で現在の代表であるゲルフリートさんの感慨深いトークが繰り広げられた。「あの時、これからの未来にはアート、テクノロジー、ソサエティーが大切だと思ったんだ」課題解決ではなく未来にありたいカタチを描いたその想いが市民を巻き込み、世界から注目される街として成熟してきた。

こんなふうに、いつかおじいちゃんおばあちゃんになって「100BANCHもあっという間に40年だね」と語り合える時がきたら素敵だなと思う。

 

OKTOBERFEST -100BANCH 秋の芸術祭- 2019

10月19日(土)から10月27日(日)の9日間にわたり、『OKTOBERFEST -100BANCH秋の芸術祭- 』を開催します。期間中はエキシビションやトーク、ギャラリーツアーなど様々なプログラムを実施。子どもから大人まで触れて楽しめる体験型のイベントです。また、未来のアートについて語らう「百芸論回」や100BANCHで活動するプロジェクトが発表を行い、参加者と交流するミートアップイベント「実験報告会」も実施。次世代リーダーが思い描く未来のあり方を問いかけます!

OKTOBERFEST

2018レポート 加藤翼 ARS ELECTRONICA 2018 視察レポート ERRORから始まるアートの兆し

2017レポート 則武里恵・杉田真理子 アルスエレクトロニカへの道 「Road to Ars Electronica」イベントレポート

2016レポート 松井創 アルス・エレクトロニカ(Ars Electronica)体験レポート 2016【前編】 【後編】

 

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