
「バイオ研究の敷居を下げ、みんなで目指す技術発展」100BANCH実験報告会
「技術によって命を救われたからこそ、自分も人を救うために生きよう。」
小学4年生のときに遭った交通事故。99.9%助からないと言われた命を技術に救われた体験から、田所直樹の研究への挑戦がはじまりました。本気でバイオの可能性を信じてBETし続ける理由は、この原体験にあります。
田所は、2023年3月にGARAGE Program68期「A cultured energy drink」として100BANCHに入居。バイオ研究の敷居を下げて、より多くの人に興味を持ってもらうべく、真の意味で細胞を増殖させ、身体を育むことができる培養液エナジードリンクの開発に取り組みました。その後も、サイエンス×アートの取り組みとして人魚の肉を製作したり、ワークショップやイベント出展を重ねたりと、様々なプロジェクトとの連携を重ね、活動を続けています。
そんな田所が、これまでの活動や100BANCHへの想いを語りました。
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田所直樹|A cultured energy drink リーダー 1996年 神奈川県生まれ, 横浜の海を見て育つ。交通事故の経験から医学の道を目指し、再生医療の研究をしていたが。食べるのが大好きで、まだ世の中にない最高の肉を作ること、そして世の中から空腹の人を無くしたい想いで趣味で再生医療の技術をベースとした培養肉の研究を進める。 本業は化粧品や食品の開発を行っている。 |
——平日は化粧品会社で研究員として働き、プライベートでは「培養肉」の研究に没頭する田所。そんな彼が語ったのは、一直線ではない「創造的余白」の楽しみ方と、自分の持てることに全力でBETすることの大切さでした。
田所:今日この会場には、すでに100BANCHに入居している人も、これから応募したい人もいると思います。私が実際に100BANCHに入居して感じたのは、GARAGE Programが終了したらそこで終わり、というわけではなくて、そこから100BANCHを通していろんな可能性が広がっていく、ということです。今日は「私はこんなふうに100BANCHを遊び尽くしたよ」というエピソードを共有したいと思います。
私は100BANCHのメンバーから「MAD研究者」と呼ばれることもあるのですが、今回お話しするのは「バイオ研究の敷居を下げてみんなで目指す技術発展」というテーマです。

——田所は自身の活動について、大企業での働き方と、フリーの研究者としての動き方の両面から語ります。
田所:私は、平日は化粧品会社で普通のサラリーマンとして研究員をしておりまして、プライベートでは培養肉の研究をしています。培養肉って、簡単にいうと動物の細胞を増やしてつくる肉のことなんですが、聞いたことある方はいますか?人間も、家畜も魚も植物も、すべてはとても小さな、髪の毛の太さの10分の1ほどの小さな細胞からできています。その細胞を体の外で増やして肉として再現する、というのが培養肉の考え方です。
このイメージに近いのが再生医療です。例えば、全身に重い火傷を負った人に対して、その人自身の細胞を増やして皮膚をつくり、移植することで命を救う、という技術があります。つまり培養肉も同じように、「細胞を増やして組織をつくる」という技術の応用なんです。
私は大学生だった2018年頃、そういった研究をしていました。技術は、論文が出てから社会実装まで大体50年ぐらいかかると言われています。そんな研究に大学院の頃から取り組み、社会人になってからは研究員をやりながら100BANCHに入居して、プライベートの時間に培養肉の研究をしながら100BANCHで遊んでいました。私自身はプライベートでも普段の仕事でも、バイオ研究の可能性を本気で信じていて、そこにBETしています。100BANCHには色々なことを極めようとしている人——言葉を選ばないでいうと「変態」みたいな人が多いのですが、私は「研究の変態」として、なぜバイオに全力投球なのか、バックボーンを話したいと思います。
——田所が研究の世界に身を投じた背景には、小学生時代の生死を彷徨う事故、そして高校時代の大きなニュースがありました。
田所:私は小学4年生のときに交通事故に遭いました。車にはねられた挙句に反対からの車に引きずられるという大惨事で、99.9%助からないと言われました。そのときのお医者さんが「自分にも同じ年の息子がいる」と手術を諦めずに継続してくれたので、どうにか生き延びることができました。私自身の人生は、技術によって命を救われたことで続いています。人に救われた人生だからこそ、自分も人を救うために生きようと考えて生きてきました。
2013年頃には、山中先生のiPS細胞や、小保方さんの「STAP細胞はあります」というニュースがありました。それを高3のときに見て「これからは再生医療や細胞が人を救うんだ」と考えて理系の大学に行きました。入学して早々の4月にSTAP細胞がありませんでしたという話になったので、「じゃあ私がSTAP細胞を見つけようかな」と思って色々研究をしました。そこからひたすら研究に没頭して今に至ります。
——大学で研究に没頭する中で、田所は日本の研究環境における「分野横断型の研究」の難しさに直面します。
田所:最先端の研究を社会実装するまでには本当に時間がかかります。実際に、今多くの方が使用している3Dプリンターについて、はじめての論文が出たのは1980年頃です。2018年頃に私は3Dプリンターで心臓をつくる研究をしていました。耳や心臓をつくるのは細胞の話ですが、3Dプリンターは工学的な研究です。日本でそういった領域を横断した研究をやろうとすると、どちらが予算を持つのか、権利をどう分配するのか、といった壁にぶつかります。有名な教授を軸にした少数精鋭スタイルもいいのですが、なかなか分野横断型の研究が難しい状況にあります。
対して、世界的に優れた論文を出していたMITやハーバードは、工学やマーケティング、生命科学の垣根を越えて共同研究をしながら多くの予算を獲得していました。それを知ったときに、これからの研究は複数の分野を横断するチーム戦になるんだろうなと思い、博士課程に行かずに社会に出たという経緯があります。
——社会に出てから、田所は心臓をつくる研究から、大衆向けの培養肉へとアプローチを変えます。そして彼が研究の仲間を募るために選んだ場所は、コミックマーケットでした。
田所:100BANCHに入居する1年ほど前、私は培養肉を研究していました。心臓を3Dプリンターでつくって人に移植するには、医療的なハードルもコストもめちゃくちゃ高い。でも、機能しなくてもいい、ただの肉の塊をつくって大衆向けの肉にすれば、同じ技術でも見え方が変わり、市場導入のハードルが下がります。
私は研究者の仲間たちと一緒に日々の研究を同人誌に書いてコミックマーケットで売り、仲間を集めました。自分自身の技術を極めた後に、技術の解釈を広げながら色んな場所に行って研究を広げていったんです。100BANCHで仲の良いPxCellの川又さんとも、こうした場で出会いました。

田所:同時に思ったのは、技術の普及には「産官学」+「民」が必要だということです。基本的に研究の世界では、会社などの産業界、国や自治体、大学など研究機構、この3つの連携で技術推進をしていくと言われているのですが、例えばNASAが銀河の情報を公開したら、アメリカの小学生がゲーム感覚で新しい銀河を見つけたりしているんです。このように技術の普及にはこの「民」が大切なんだろうと思い、NPOを立ち上げてルールメイキングをしたり、バイオベンチャーを立ち上げて培養フォアグラをつくったりしていました。こういった活動をしている中で、100BANCHという面白い場所があると聞き、入居に至りました。

——100BANCHの存在を知った田所は実際に応募することにしましたが、エントリーの直前にテーマを変更したといいます。
田所:当時は培養肉の研究をしていましたが、「100年後の未来」を考えたとき、多分こういった愚直な研究の話じゃないだろうと思い、応募締め切り前日にエントリーシートを変えて、「再生医療の技術を使ってエナジードリンクをつくる」というテーマで提出しました。体の細胞を育てる栄養素には詳しいので、それを使ったエナジードリンクをつくろうというものです。半分遊び感覚でエントリーしたら通ってしまい、皆さんと同じように3ヶ月間頑張って実験しました。

田所:100BANCHにいて面白いなと思ったのが「創造的余白」があることです。大学の研究室やベンチャーキャピタルのように、最短距離で論文化しようとか、起業させようというのとは少し違います。目の前のゴールではなくて100年先の未来を描いているので、結構、あっちにいったりこっちにいったりとできるんです。それがその人ならではの新しい取り組みを生む、創造的余白なんじゃないかなと思っています。
私はこの創造的余白を楽しんで、100BANCHのメンバーといろんなコラボに取り組みました。元々一緒に研究をしていたBioCraftのりゅーさんが実は菌の専門家だったので、発光する菌を使って暗闇で光る彫刻をつくったり、菌で絵を描いたり、習字みたいな遊びをしたりしました。

田所:こういうことは一度誰かとコラボをすると連鎖していくもので、その後は、Academimicの浅井さんやPxCellの川又さんと一緒に、「DIG SHIBUYA 2024」というイベントでバイオ×アートの展示をしました。

田所:外部の企業さんと連携して、龍の肉もつくりました。空想上の生き物をつくれるのではないかという、まさにサイエンス×アートの発想です。これをつくる際には、アメリカの原住民がワニをドラゴンと見間違えたという伝承から、ワニの遺伝子をベースにしました。他にも、ドラゴンは神的な力を持つだろうから神の使いである鹿の角を、飛ぶということは猛禽類の爪を、と、様々な龍のモチーフになった生物の遺伝子を組み込んでつくりました。また先月は、カプコンさんのバイオハザードとコラボして、もしT-ウィルスが存在するならという話で、不活化したウイルスをつくったりもしました。
こうやって好きなことをやっていると仲間が増えていきます。国立新美術館での龍の肉の展示を見た、当時100BANCH入居前だった「Noah’s Ark」の寧々さんがSNSで連絡をくれてコラボ作品である人魚の肉体(肉と涙)つくることになり、その後彼女自身も100BANCHに入居してくれました。「Bio-Shield」 の若菜さんとも100BANCHの縁でつながりました。

——100BANCHで技術を遊び尽くした田所。その取り組みは、本業である化粧品会社の事業と結びつき、新しいブランドの立ち上げへとつながります。
田所:私は「知の巨人の肩に立つ」という言葉が好きです。過去の先人たちの積み重ねがあって、まだ発見されていない未知がある。自分たちの取り組みはルーペで見なければわからないぐらい小さいものかもしれませんが、それが積み重なって社会の集合知になっていきます。新しいことに取り組むときは、先行事例がたくさんあって森の中を歩く感覚ですが、極めていくと似たような研究がなくなり、霧の中を歩いているような感覚になります。そして誰もやったことがない取り組みを突き詰めていくと、最後には、誰も見たことのない景色が見えてきます。私が100BANCHで経験した「分野を極めた感覚」は、まさにこれだと思っています。
そして今月の話ですが、本業の会社が100BANCHでの私の取り組みを見てくれていて、「事故によって失いかけた命を技術によって救われたからこそ、この技術を人のために使いたい」という想いを汲み取ってもらい、新しいブランドを立ち上げることができました。

田所:1,300人の女性に調査をしたところ、約4割の方が顔に気になる傷跡があり、そのうちの3人に1人が、その傷跡によって気持ちが沈んだ経験があることがわかりました。そこで、誰にも話せない悩みに対して、今まで100BANCHやプライベートで磨いてきた細胞の研究や特殊メイクの研究など、分野横断型の知識を掛け合わせ、従来のメイクでは隠せなかった傷跡をカバーできる化粧品を開発しました。これは100BANCHでひたすら遊び尽くしてきたことが、一つのかたちになった事例です。皆さんも、自分の取り組みがかたちになるか不安もあるかもしれませんが、信じて進んでほしいと思います。
——ナビゲータートークの最後に、田所はこれから100BANCHで活動を続けるメンバーたちへメッセージを送りました。
田所:皆さんに伝えたいのは、好きなことや得意なことを、まわりを気にせず極めてほしいということです。先行事例がなかったり、まわりのスピード感で気を落とされてしまったりするかもしれませんが、そういったことは気にしないでください。
100BANCHにはいろんな面白い取り組みをしている人がたくさんいるので、積極的に話しかけてコラボして、横の広がりを楽しんでほしいです。仕事や大学だとどうしても結果を出すことが求められ、「守破離」の「守」ばかりになってしまうこともあると思います。ただ、100BANCHではどんなことをしていても、温かく見守ってもらえるので、自分の新しい取り組みや独自のスタイルをどんどん試してほしいと思います。
100BANCHにいる人たちはみんな、自分のやっていることにプライドを持っているし、やっていることの大変さも理解してくれるので、自分の持てる力を全力でBETしてほしいなと思います。最後に、宣伝のようになってしまいますが、100BANCHで毎年開催している「ナナナナ祭」は本当に良い機会です。今月でGARAGE Programが終了となる方もいると思いますが、きっと可能性が広がると思うので、ナナナナ祭にもぜひ出てみてください。

今回のお話の内容は、YouTubeでもご覧いただけます。