「研究×情緒」で大衆的な科学コミュニケーションをつくりたい。

Academimic(旧:Sci-Cology)
「研究×情緒」で大衆的な科学コミュニケーションをつくりたい。
「痕跡はとてもわかりやすい。過去に残された記録で、「データ」と言い換えてもいいかもしれません。 一方で、気配は現在や未来の「不在」。まだ現れていないものの予兆のようなものです。そこに物語を描くと、個と世界が強烈に結びつく感覚が生まれるのではないかと考えています。」
そう話すのは、GARAGE Program59期生「Academimic」の浅井順也(Academimic合同会社 代表)。浅井は2022年6月に100BANCHに入居し、動画や小説を通じた“研究を体感するアウトプット”に挑戦しました。GARAGE Program期間を終えた後も研究者とのコラボワークや、DIG SHIBUYA・渋谷区立宮下公園での展示を行い、各種アワード受賞を重ね、精力的に活動の幅を広げています。
そんな浅井が、研究の持つ魅力、100BANCHでの実験、これまでの活動ついて語りました。
浅井順也|Academimic合同会社 代表 大阪市立大学にて動物行動学、大阪大学大学院にて脳神経科学を専攻。修士(理学)。魚の自己鏡像認知やヒトの音源定位など空間認知機能を研究。広告会社に入社後、統合コミュニケーションに従事。企業ブランディングからコンテンツ制作まで担当。業務と並行して遺伝子をカセットテープで表現する作品や科学に紐付いた小説などを制作。WIRED Creative Hack Award 、NOVUS Future Design Award、ACC TOKYO CREATIVITY AWARDS マーケティング・エフェクティブネス部門受賞等。 |
浅井:Academimic合同会社の浅井と申します。研究とポップカルチャーの融合を掲げるクリエイティブレーベルを運営しています。研究のアウトプットは、論文や学会、特許など様々ですが、自分は、そこに至るまでの過程にすごく興味があります。また、研究者ではない一般の方が研究に触れたときに「立ちのぼる感覚」に魅力を感じ、小説家や音楽家、アーティスト等、いろんな方の研究由来の作品をつくっています。今日は、この活動に至るまでの原体験から、100BANCHの入居、そしてAcademimicを立ち上げてからの活動、そもそもこの「立ちのぼる感覚」は何なのか、というのを仮説を持ってお話できたらと思います。
——「世界が逆に、自分の中に入り込んできた」。そんな衝撃を受けたという浅井。活動を続ける原点を振り返ります。
浅井:あらためて「研究」というと、みなさんはどんなイメージを持ちますか?「研いで究める」という漢字のイメージ通り、一般的には頭のいい人が突き詰める、職人的なものという印象を持ちがちだと思います。しかし、自分の中の研究のイメージは「個と世界が強烈に結びつく感覚」、これに尽きます。
浅井:今でこそ言語化できるようになってきましたが、これを初めて実感したのは、ただ星を見ていたときでした。オリオン座にベテルギウスという星があるのですが、地球から500光年離れているので実際に見えているのは500年前の光ということになります。ベテルギウスは古い星なので、もしかするとすでに存在していないかもしれない。それがずっと頭の中に引っかかっていました。自分は今ここにいるのに、目に見えるものは何百年も前の出来事である。そのとき、「世界ってちゃんとしたものではないんだな」と思ったんですね。でも、このズレがしっくりときた感覚もあって、これが自分にとって最初に「個と世界が強烈に結びついた」瞬間でした。
もう1つ決定的だったのが、「リベットの自由意志実験」です。たとえば、今日ここに来たのも、パソコンを操作しているのもそうですが、我々には自由意志があると多くの人は思うかもしれません。しかしこの実験は、人間が今それをやろうと思ったその前に、実は脳の中ではその準備がすでに起きている、という研究です。「じゃあ俺が選んだ感覚って何?嘘なの?」となるんですよ。この研究に触れたとき、頭をガツンと叩かれたようでした。世界が逆に自分の中に入り込んできた、そういう感覚があったのです。それが自分が科学や研究にのめりこんだきっかけです。
浅井:大学の卒論では、「魚の自己鏡像認知で、魚が鏡を見て映った姿が自分だと認識できるか」を研究しました。結論、魚は自分を認識しているのではという結果が得られました。普段は鏡のない環境にいるのに2、3日鏡を見せただけでそれが自分だと認識できるようになるなんて、すごく意外ですよね。他には、背後空間の音源定位の研究をしました。我々は目の前のものは認知できますが、視覚のない背後はどのように認知しているのかを研究しました。振り返ってみるといずれの研究も空間認知を通して世界の在り方を探っていたような気がします。
浅井:社会人になると、つくる活動へと変わっていきました。DESIGNARTで展示したGenom Cassetteは、いろんな種類の生物の遺伝子情報をカセットテープに置き換えて比較したものです。Well-dying Robot は、最近よくウェルビーイングといいますが、自分の感覚では、この概念自体が健康な人の発想だと思っていて、自分がコロナにかかったとき、一緒にダメージを受けて衰えてくれる人をすごく求めていました。じゃあ、自分がもっと歳をとって抗いようのない衰えに至ったときに、ただ寄り添うだけでなく、一緒に衰えていってくれるようなロボットが必要になるかもしれない。そんな着想からコンセプトを練り、小説というかたちで発表しました。これらの作品は共通の感覚や動機から生まれていたものなのですが、このときはまったく言語化できていませんでした。これをもっと突き詰めたいと思い一念発起し、100BANCHに入居しました。
浅井:100BANCHに入居した当初は「Sci-Cology」というプロジェクトで「科学コミュニケーションをもっと身近に。」をテーマに活動をはじめました。研究をどういう風にわかりやすく伝えるかに取り組んでいたのですが、「何かが違うな」と思いました。自分がやりたいのは、研究を説明することではなく、もっとカラダごと持っていかれるような体験をつくりたいんだ、ということに気づいたのです。それで、既存の手法を発展させるというよりは、自分がこういうプロジェクトであってほしいという理想像から逆算してつくっていくことにしました。まずはワクワクする屋根からつくって、どんな活動にしていくかを規定していく、そこからコンセプトの開発がはじまっていきました。
浅井:これは構想時のアイデアノートで、思いついたことをどんどん書き込んでいます。サカナクション、ライゾマティクス、スターバックスなど、節操がないくらい並んでいますが、こういうイケてるものとやりたいことをぐっちゃぐちゃにしてたどり着いたのがAcademimic になります。
そんな過程を経て現在のAcademimicの形となり、作品をつくりまくるフェーズに突入していきます。2023年のナナナナ祭では「ロンブンアートストリート」という企画を実施しました。SNSで若手研究者を募り、彼らの研究をアート化する企画です。当時話題になりはじめていた生成AIなどを使って10作品ほど作りあげました。100BANCHの建物前のリバーストリートに掲示したのですが、おかげさまで色々な方に見ていただいて手応えを感じました。そこから他のイベントや展示会でも展示するようになり、徐々に色々な人から声をかけられて何か一緒につくりたいと言われるようになりました。
1つ紹介すると、KEK(高エネルギー加速器研究機構)の大谷准教授から声をかけていただきました。テーマはミューオンという素粒子です。とても小さな粒子ですが、宇宙から常に降り注いでいる実は身近な存在です。そしてこのミューオンは、宇宙の大部分を占めているかもしれないけれど、まだ誰も見たことがない「ダークマター」の観測に使える可能性があると考えられています。直接的に存在を観察することが難しいダークマターに対し、ミューオンが観測の鍵になるかもしれないのです。非常に難しい研究で、大谷准教授に話を聞くと「おそらく生きてる間には見つからないかもしれない。それでもやらずにはいられないんです。」と答えてくれました。その言葉がとても響いて、ボカロPとして活躍されている田口十るさんと一緒に楽曲をつくりました。観測できないミューオンやダークマターに対して焦がれる研究者の想いを描いた作品です。
浅井:もう1つ紹介するのは「Neu World」というコミュニケーションプロジェクトです。これは内閣府の「ムーンショット型研究開発制度」に関連する取り組みで、この中では、BMI(ブレイン・マシン・インタフェース)、つまり脳とコンピューターを接続して、思考だけで操作を行うといった研究などが行われています。このプロジェクトはサイエンスコミュニケーターの宮田龍さんから、「研究を作品化しみんなで語り合えるような場を作りたい」との依頼を受け、その立ち上げとクリエイティブディレクションを担当しました。BMIは、一般の人にとってはどこか怖いイメージがあるかもしれません。ただ、過剰に恐れたり拒絶したりするのではなく、正しく理解した上で対話できるような土壌をつくりたい、そんな想いから生まれたプロジェクトです。
浅井:ロゴも名前も何もない状態からだったので、まずは関係者と色々とディスカッションしてコンセプト作りからスタートしました。研究の方の印象的なエピソードが一つの出発点になりました。「自分のおばあちゃんを看取る際に、おばあちゃんが発話することができずコミュニケーションをとることができなかった。もっと何かしらの手法で会話できたら良かった」という話があり、研究成果のPRというよりも、こうした“想いの出発点”をどのようにコンセプトに落とし込むかを考えました。そこで立ち上げたのが「New World」という名前と世界観です。言葉(word)の隙間に神経細胞のスパイクを立ち上がらせて、言葉にならなかった情報ですらも技術でケアし、言葉ではなく新しい世界をつくる。そんなビジョンを掲げたプロジェクトになりました。このコンセプトを形作るために、ロゴやムービー等をつくった後、100BANCHで知り合ったGEKIというプロジェクトの「ハマらない就活展」のクリエイティブが素晴らしかったので、彼らに依頼してWebサイトもつくりました。できあがったサイトはすごく満足度が高く、流入も一般の研究プロジェクトサイトの8倍ほどありました。しかし、数字以上にうれしかったのは、サイトの世界観に共鳴して「参加したい」というクリエイターが多数現れたことです。「表現って、ちゃんと伝わるカタチになれば、人を巻き込む磁力を持つんだな」そんな手応えを、このプロジェクトで得ることができました。
——渋谷と縁のあるAcademimic。そこにも様々な想いがありました。
浅井:他にも100BANCHを起点に、渋谷のアワードに片っ端から応募したり、多くのアートイベントにエントリーしたりと、渋谷で色々とやらせていただきました。それが実を結び、「渋谷で活動しているプロジェクトです」と自信を持って言えるようになりました。そもそもなぜ渋谷だったのかというと、渋谷の街が持つパワーがすごいからです。ただ研究を作品化するというと、賢い人や成績がいい子どもたちに向けたアプローチだと思われがちです。けれど、渋谷というポップカルチャーの聖地から発信していくことで、研究や科学がかっこいいものとして自然に受け入れられるようになる。その土壌ごとブランド化していくのではないか、という構想がありました。
渋谷での活動の集大成のような催しが、昨年、宮下公園で実施した屋外展示「Academimic Museum」です。研究が風景になる、ということに挑戦した展示でした。街を歩いているだけなのに論文に出会ってしまう。そんな偶然を渋谷のど真ん中につくるとどうなるか。例えば、「ラットも音楽を聴くと人間と同じようにヘドバンする」という論文は、研究自体がキャッチーですよね。しかも135BPMあたりというのがちょうど「ずっと真夜中でいいのに。」や「YOASOBI」あたりの今のポップスに多いノリノリなテンポです。これは面白いと思いイラスト化して掲出しました。掲出場所にもこだわり、CDショップの見える場所に出したんです。そうするとあたかも関係があるように見えてくる。研究と公共空間がぴったりハマった感覚がありました。
浅井:レプリカのハチ公の前には、「飼い主と飼い犬が目が合うと飼い犬の涙量が増える」という論文由来の作品を掲出しました。これもすごくキャッチーな研究ですよね。こういった、面白いのに見過ごされている研究を、街の風景に溶け込む形でアンビエントに可視化していく——そんな展示でした。
——最後に浅井は「不在」という印象的なキーワードで、この活動の面白さとこれからのビジョンを話しました。
浅井:こういう活動を続けていると、「どうやってつくっているのか?」「つくるのは大変なのでは?」とよく言われます。でも、作品をつくり続けていると、「こういうポイントが大事なのかな」「ここをつかんだらいいのでは」と、だんだんと見えるようになってきました。研究や技術をテーマに作品化する際、僕は「研究が内包する不在」や、「そこから立ち上がる不在」を意識するようにしています。人は「不在」に出会ったとき、そこにない何かに触れたとき、その輪郭をなぞろうとする。 たとえば、ミロのヴィーナスを見ると、「どんな腕だったのか」と想像してしまう。自然とその輪郭をかたどり、いろんな解釈をしてしまうのです。
では、研究の「不在」はどうやって見つけるのか。僕はその研究やテーマが、「どういう痕跡から生まれたのか」「どんな気配を立ちのぼらせているか」に注目しています。痕跡はとてもわかりやすい。過去に残された記録で、「データ」と言い換えてもいいかもしれません。 一方で、気配は現在や未来の「不在」。まだ現れていないものの予兆のようなものです。そこに物語を描くと、個と世界が強烈に結びつく感覚が生まれるのではないかと考えています。
なぜこの感覚が立ちのぼるのか。それは、「不在」を認識することで、この世界が完全なものではないことを強く意識させられるからだと、僕は仮説を立てています。 そもそも科学という営み自体が、今ここにないものを扱うものだと思うのです。
浅井:宇宙の始まり、脳から生まれる意識の不思議、かつて地球に何があったのか。すべて直接は見えない「不在」です。でも、そこにデータを見つけ、背後にある構造を、気配を捉えて、何かを見つけていくのが研究の営みです。研究者はその輪郭をなぞり続け、尤もらしい考察とともに論文化していきます。一方、その結論に至るまで研究者の頭の中ではありそうなアイデアから、突飛に思えるものまで様々な仮説が頭を巡っています。その仮説のプロセスにこそ我々がやっている創作と深く通じるものがあると感じています。
自分がこの活動をはじめるきっかけになったリベットの実験ですが、もう本当に自分という存在の境界がぐにゃぐにゃになりました。その感覚を作品に落とし込めないかな、そんな想いが今活動を続けている1番の原動力です。研究とは「不在」をなぞる営み。そしてその営みのなかには、いつだって情緒や想像が宿っている。これからもその可能性を100BANCHという場で探っていきたいと思っています。
今回のお話の内容は、YouTubeでもご覧いただけます。